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インターナショナル・ウインター・ミート2009

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BMC International Winter Climbing Meet 2009 報告書
佐藤裕介・谷口けい


 2/22から3/1の8 日間、BMC(イギリス山岳評議会)が主催する「インターナショナル・ウインター・クライミング・ミート2009」に、日本山岳協会からの派遣という形で、佐藤裕介と谷口けいの2 名が参加した。ミーティングの概要について以下に記す。

・「インターナショナル・ウインター・クライミング・ミート」について
 BMC 主催のクライマー交流会。世界各国から2名ずつクライマーを招集し、共に登り、語り合うことで各国クライマーとの交流、技術交換などを行い、さらには各国の山岳協会との繋がりを強固なものにし、UIAA を盛り上げていこうというのが趣旨。5月頃に開催されるトラディッショナルクライミングのミーティングと、冬に開催されるウインター・クライミングが交互に開催されており、次回のウインター・クライミング・ミートは、2011年の予定。日本からは、これまでに2006年のIWCM(2名)、2008年のICM(2名)が参加している。

1.日時 2009 年 5/22 (日)- 3/1 (日) 8 日間

2.場所
イギリス スコットランド (地図は別紙参照)
ベースとなる宿泊所は「Glenmore Lodge」と呼ばれる宿泊施設を持つ山岳センター。山岳やアウトドア活動全般のイベント、講習会などを行うための施設であり、夏・冬を問わず入門的なクライミングを行えるケインゴームのすぐ近く。

3.参加者
・日本からの参加者佐藤 裕介 (山梨岳連 鶴城山岳会、めっこ山岳会所属)
谷口 けい (京葉山の会、山岳同人チーム84、同人クライミングファイト所属)

・全体の参加者ゲスト:招待された各国からの参加者は27 ヶ国から男女合わせて40名。(Guest list 参照)
ホスト:40名以上。基本的にゲスト1名にホスト1名が付く。(Host list 参照)
 世界から幅広く参加者が集まった。特に北欧、東欧諸国からの参加が多く、遠方ではカナダ、アメリカ、南アフリカ、アルゼンチンなど。アジアからの参加はインドと日本。アルパインクライミングのフィールドを持つ、アルプス付近の国々、スイス、フランス、ドイツ、オーストリアからの参加者はなかった。参加者リストには世界的に名を知られるクライマーも散見出来るし、参加者の多くは各国を代表するクライマーであるが、ウインター・クライミングを行う環境に恵まれていない国の参加者の方が多い。また、「BMCから召致→各国の山岳協会経由の派遣」という形をとらない一般参加者も可能。








写真:朝食風景・懇談風景


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4.活動概略

2/21 ロンドン ヒュースロー空港到着。バスでガトウィック空港へ移動。
2/22スコットランドのインバネス空港到着。
   各国からの参加者と共にBMC のバスで宿泊所に移動。所用約2 時間。
2/22~28 クライミング
 天候が許せばベンネビスにてウインター・クライミング。しかし、今回訪れた期間は、冬としては異常と言える高温で、毎日のように雨が降っていた。イギリスの最高峰ベンネビス(1343m)の頂上台地でさえ、0℃を上回る日も多く、最後の2日間は全員がウインター・クライミングを諦め、ロッククライミングへと出かけた。

・ミーティング開催中の、一日の活動パターンは以下の2通り。


ウインタークライミグ(ベンネビス)へ出かける日。
~6:00 朝食
6:00 ロッジ出発
8:00 駐車場出発(アプローチ2時間)
   クライミング
19:00 宿泊所に戻る
19:00-19:30 夕食
20:30 ブリーフィング(翌日の予定など)
各国ゲストによるスライドショーなど
近場のウインタークライミグ(ケインゴーム)または、ロッククライミング等へ出かける日。
7:00-8:30 朝食
9:00 ロッジ出発
10:00 駐車場出発
クライミング
19:00 宿泊所に戻る
19:00-19:30 夕食
20:30 ブリーフィング(翌日の予定など)
各国ゲストによるスライドショーなど

・宿泊施設について
 暖房完備の2~3人部屋に宿泊し、朝食、夕食が出された。またクライミングウォール(一部アックス・クランポン可)、乾燥室、スライド室、バーが設置された素晴らしい施設であった。一般開放もされている。

・食事について
 朝食と夕食が、宿泊施設内の食堂で提供された。2種類ほどのメニューから好みのものを選ぶことができる。ソフトドリンクは自由に飲める。昼食は、朝食時にランチパックが用意されていて、サンドイッチ、ドライフルーツ、チョコバーなどから好みのものを選んで持っていく。これらは参加費用に含まれており無料。2階のバーで頼む事ができるアルコール類は有料。

5.費用
 参加費は一人85 ポンド(約12000 円 2009年3月現在)であり、これに全日程の宿泊、食事、現地での交通費が含まれる。自己負担はインバネス空港までの渡航費と、上記以外にかかる食費、生活費など。
今回は、東京-インバネス間の渡航費用全額を日本山岳協会より負担していただいた。

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6. 補足・参考 BMCから学ぶこと

■Guest Climberについて
 スコットランドを去る日、南アフリカから来ているDawieが「帰りたくない」と子供のように言っていた。そりゃそうだろうなぁ、南アフリカじゃ雪山クライミングなんて基本的にあり得ないと言っていたから。時々滝が凍って、それを登れるのだとは言っていたけれど。イスラエルからのLiorも、かの国では雪山なんて無いよ、砂漠の中の砂岩クライミング(ヨルダン)にいつかおいでよと言ってくれた。彼の唯一の楽しみは、年に一度か二度ヨーロッパに登りに行くことなのだ。内戦で6年前に右手を失ってから、Liorのクライミングに対するモチベーションはますます大きくなったと言っていた。自分で考案したギアを右手の残った肉体にくくりつけて、アックスクライミングを楽しむ姿を見て、なんだかとても嬉しかった。
 グルジアからのGuram&Tamar曰く、グルジアにはクライミングしている人なんてほとんどいないのだと。ソ連だった時代には登山が盛んだったし、今もロシアからのクライマーはやって来るけど、どういう訳かグルジアではクライマーなんていないのだとか。母親に「女の子なんだからそんな危ないことはやめて」といつも言われているというTamarは、「いつでもグルジアにクライミングしに来てよ、あなたキット気に入るわよ」と何度も言ってくれた。
 チェコからのPavelは初日のドライツーリング・コンペでの優勝に続き、2日目夜のプレゼンで見せてくれたオリジナル・ビデオは相当刺激的で、やっぱりチェコ人て皆強いな~と再認識させられた。何時でも何処でも陽気に喋っているPavelに比べて、隣国スロバキアからのJanは常に寡黙だったな。
 ハンガリーからのTomas言うには、ハンガリーにはクライマーなんて少ししかいなく、女性クライマーはゼロだと。ま、それはTomasの知り合いに女性クライマーがいないってことなのかな。
 クロアチアからのElvinも、「クロアチアにはアルパインクライマーなんてホンのちょっとしかしないよ、たった300人だ」って。それだけいれば十分じゃないの?日本になんていったい何人いるのだ?
 初めの頃は付けていた名札も、日に日に何処かへ行ってしまい、だんだんどの人が何処の国の人だったか分からなくなってきたりで、もっと沢山の国からの皆と話が出来たら良かったなとは思うのだが、夜はいつも眠くて、バーにまで辿り着けたのは三晩ほどだけなのだった。
 それでも、いろんな国のクライミング事情とクライマー事情を知ることが出来たことは、本当にありがたい機会だった。そして改めて、現代の日本という環境に自分が生まれたことをあり難いと思うのだ。春夏秋冬、素晴らしいクライミングエリアがあり、自分さえ望めばどこでどんなクライミングでも出来る政治的経済的安定が今のところ約束されている。


■Host Climberについて
 40人の参加者に対して、名簿上では40人の受け入れ側ホストクライマーが集まってくれていた。実際にはGuestよりHostのほうが多かった。
 行く前は、40人も参加者が集まっちゃったんだから、ゲスト2人に対してホスト1人という組み合わせになったりするのかな?と思っていた。ところがどっこい、英国岳人のプライドと遊び心はそんな柔なものじゃなかったのだ。失敬。と同時に、何で一週間もの時間を私達のために作って集まってくれることが出来るのか、感動とともに不思議だった。多くのホスト達はガイド職なのだろうか。聞いてみると、ガイドやインストラクターなのは多くて全体の1/4程。あとは皆、医者、IT、ファイナンス業、etc. とまともにサラリーマンしている人達なのだった。

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 イギリスでは最低4週間の休みを一年中好きな時にとれるのだが、そのうちの一週間をこのミーティングに当てているということだ。皆、海外からやって来るクライマーと一緒に登りたいし、興味があるからだと言う。彼らの誇るフィールドに足を踏み入れる我々を最大限に迎えてくれるのだ。


■ギアについて
 イギリス人クライマー達が使っていたギアは、Wires(ナッツ)とHex(ヘキセン)がほとんどで、一応カムとしてフレンズ(キャメロットを持っている人はほとんどいなかった)を持っていたけれど、ほとんど使っていなかった。これは冬壁(ケインゴームやベンネビス)でも乾いた岩(バラターやドゥンケルドの岩場)でも同じことだった。スクリューの刃先は結構丸まっていたりして、それでも入る程度の氷だったし、薄氷の下には苔があってその後に岩にぶち当たった。スクリューの中の氷を抜くと、最後によく苔が出てきた!
 私の持っていったトライカムを見て、一緒に登ったホストクライマーのスーザンもジョンもエスも、「その存在は知っているけど使ったことがないから今日はカムは持っていかないで、ナッツとトライカムだけで登ろうじゃないか」と三者共同様に張り切って、トライカム・クライミングを積極的にエンジョイしてくれた。しかも、クライミングを終えた後のロッジで、他のホストクライマー達に「今日はトライカムを使ってクライミングしたんだ」としきりに話していた。また、私の使っていた細引きスリング(ダブルフィッシャーマンで結んだもの)のアルパイン・ドローを、「何だコレは?」とチェックし、「これはイイナー、自分も今度作って使ってみよう」とまた声を同じくしていた。なんだかそんなのも嬉しい交流だった。


■Glenmore Lodgeについて
 私達が丸一週間滞在したグレンモア・ロッジは、驚くほど快適な施設だった。ケインゴーム山の麓にあって、ベンネビス及びその他の今回行った岩場のどのエリアへも車で約1時間半。毎日登って帰ってくると美味しい食事が待っていて、ドライルームに濡れた装備を干し、熱いシャワーを浴び、ベッドで眠らせてもらえるという有難さ。期待していなかった食事は毎日美味しくて、献立もバラエティに富んだスコットランド料理だった。
 立派なレクチャールームでは、毎晩誰かのスライドショー等が催され、これがまた有意義だった。そしてその後には2階のバーで好きなだけ飲んで語れる。これだけの設備が整っている山岳用施設って、日本のどこかにあるだろうか?海外からのクライマー達を呼べるような。
(谷口けい 記)











写真:クライム風景1

写真:クライム風景2





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7.クライミング内容とスコットランドで感じた事

 濃い霧の向こうから、人影が浮かんできた。また、イカレタクライマーが壁に取り付こうと雪壁を登ってきている。スコットランド最高峰ベンネビスの北面。ウインタークライミングに来たはずだったが雨が降っている。アプローチを済ました頃にはパンツまで濡れてしまうような本降りの雨の中、僕らは1963年に冬季初登された【Tonmpson's Route】に取り付こうとしていた。目当てである氷のチムニーにはスノーシャワーが降り注ぐでもなく、水が流れている。「さあジャック、早くこのエクセレントなガリーを登ろうよ!」あまりここに留まっているとケツから冷え切ってしまいそうだった。シブトイ変人達が、霧の向こうから次々と現れては壁に取り付いていく。完全な濡れ鼠たちは、濃霧で50m程しか見渡せないにもかかわらずその周辺だけで15人程確認できた。ベンネビスの壁全体では50人以上が今日という強烈な一日を楽しんでいるだろう。さすがに苦笑しながら顔が引きつっているような者も多いが、なんだかその表情も楽しそうだ。最悪の状況だって楽しさに変えてしまう、そんな前向きな考えをもって、皆この日を過ごしているように感じた。

 この季節としては異常な高温によって、ウインタークライミングとして内容の濃いクライミングはあまり実践できなかったが、その分、スコットランドの様々な岩場を見られた事は収穫であった。
 前回のミーティング後、馬目氏が報告書内で触れたスポートミックスクライミング(完全なドライ)の岩場は、話に聞いた通りボルトをプロテクションにチッピングされたホールドを繋ぐもので、個人的に(夏冬を問わず)トラッドクライミングの聖地としての思いを強く抱いているイギリスには、全く似合わないと勝手に思ってしまうのだった。ここに長居はしたくない。そんな気分だったが、意外にも一緒に行ったホストクライマーは、そのクライミングを楽しんでいた。そのケイブに案内してくれたジャックやステューは、普段スポートミックスをしていないし、ジャックに至っては昨日まで「スポートミックスなんて好きじゃない。やった事も無い」と言っていたウェールズのロッククライマーなのに。
 後半はいよいよ気温が高くロッククライミングの岩場にも出かけた。2時間近くのドライブで到着したがビッショリと濡れた崖を見て早々とカフェへ移動。英国式ティーをゆっくり楽しんだ後、再び訪れた岩場は、やはり朝見た印象と変わり無い崖だった。でもそこには、日本なら必ず打たれているだろうボルトは一切無く、クライマーは湯河原幕岩をショボくしたような岩場でトラッドクライミングを楽しんでいる。中には、ほぼフリーソロに近いラインにもチョークが付いていて見上げる僕をドキドキさせた。今日ここに来たクライマー達は、ロッククライミング能力が非常に高いという者はいなかったが、自分が挑戦するべきルートを選び、時に足を震わせながらプロテクションを決め、時にフォールしては自分が構築したプロテクションで命を保つ。それぞれが小さな冒険を楽しんでいた。
 僕はイギリスが、日本のクライマーとは全く違った妥協の無い強い心を持った者ばかりが集まる国だからこそ、ベンネビスやウェールズ地方での多くの(1本のボルト無い)トラッドエリアを今も保ち続けているのだと思っていた。でも僕のイメージとは少し異なっていた。もちろんイギリスはトラッドクライミングの本場であることに変わり無いが、ボルトやスポーツ的なクライミングを拒絶する者ばかりではなく、別のクライミングとして認識しつつ許容しているクライマーも少なくなかった。最も印象的だったのはベンネビスで登るイギリス人が、ウインター・クライミングを思いっきり楽しんで取り組んでいる事だった。初日に訪れたウインター・クライミングの入門的なエリア「ケインゴーム」では、冬季の週末には驚くべき事に20

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 0~300人ものクライマーが冬季クライミングを楽しむという。おそらく彼らの多くはトラッドの倫理の中で厳しさを求めているのでは無く楽しいから実践しているのだろう。それでも、この岩場にボルトは見当たらない。
 日本のアルパイン(ウインター)クライミングを活性化する方法は色々と考えられるが、「(夏冬問わず)トラッドクライミングが出来る環境(エリア)を持つ」というのもその一つの方法だと思っている。自分でプロテクションを構築しながらのトラッドクライミング技術は、手付かずの壁を登る上で必要なものだし、遊び方次第では相当な可能性をその壁に与える事にもつながる。日本のクライマーの多くは(夏冬問わず)トラッドクライミングを嗜好しているとは思えない。それどころか、存在すら知らないクライマーもいるだろう。しかしこの数年、徐々にその楽しさと価値が認められつつあるとも感じている。少しずつそれを伝えていく事によってベンネビスのようなトラッドエリアを持ちたいという希望も叶えられるのではと感じた。それをルールとして押しつけた所で理解され実践される事では無いのは明らかだ。ゆっくりと、魅力を伝えていく事が大切なのだとあらためて思わされた。
(佐藤裕介 記)


BMC International Climbing Meeting 2009を終えて

 あっという間だったけれど、丸6日間も登らせてもらえる日が用意されていたことは、驚きと感動と満喫という言葉に代えられるだろうか。沢山の発見と出会いとで満たされた。
 中には、レスト日として登りに行かない日を作っている参加者ももちろんいたけれど、私などはもったいなくて、雨の日も風の日も異様に暖かい日も「ベン(Ben Nevis)に行きたい」と言って出掛けさせてもらった。陽気で常に前向きなホストパートナー達に感謝である。
雨のせいか汗のせいか判らない程ぐしょ濡れになってのアプローチ(彼らは汗と雨両方のせいだよと言っていたが)は、付いて行くのがギリギリ精一杯な早足で、でも彼らはずーっと喋りっぱなし。取り付き近くでほとんどの人が裸になってウェアを着替えてから登り出す。3日目にしてようやく、私も同じように取り付きで着替えることを学んだ。これもスコティッシュ・スタイルか。
 毎日ホワイトアウトで、いったい何処にいるのか分からない中で上へと向かう。白い闇の向こうから、コールする声だけが聞こえ、他のクライマーの存在を知る。「視界が全然無くて、でもあちこちでコールし合う声が響いてるの、ステキよね」って言いながら登っていたホストクライマーのスーザン。
スコットランドの山の多くが、片側は急峻な岩壁で、反対側はなだらかな斜面になっているので、壁を登り終えた後の頂上プラトーで方向を失う人が少なくないらしい。大抵の場合は濃い霧と雪のホワイトアウト。必ず皆がコンパスと地図を持っていたし、最近ではGPSを持っている人も増えているようだ。
とにかく、ケインゴームもベンネビスも、結局山容がどんななのか分からず仕舞いな天候だったのに、いつもガスに包まれた山のどこにでも登っていく人達がいた。信じられない程多くの人達が山の懐に入っていた。天気が悪いなんて、まったくお構いなしの様子だった。恐れ入った。天気が悪いからさっさと下ろう、と思っているそばから、次々と登って来る人達がいるのだ。とにかくこれが一番驚いたこと。
 それから彼らの使うギア。プロテクションは基本的にクラックにナッツかヘキセンをかませて取っていた。あとは岩にスリングをひっかけたり。カムは結局使わず、氷はそんなに硬くならない(気温がそれほど低くない)上に薄いので、皆スクリューの刃先なんて尖っていなかった。

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 そういえば誰もピックも研いでいなかったな。
 イギリス岳人との交流も楽しかったけれど、各国からのクライマー達との交流もまた刺激的だった。高難度のクライミングを追及している人から、雪や氷になんてほとんど触れることの出来ない国や地域から来た人、戦争で片手を失った人、英語をほとんど解さない人。同じものを食べても、味が足りないと言う人から、スパイシー過ぎると言う人まで、食事一つとっても多種多様な反応なのだった。
 絶悪な暖気に包まれるというコンディションの中、期待していたベンネビスでのシビレるクライミングには至らなかったけれど、今回の私達二人の大きな成果としては、ワートホッグ(イボイノシシ)をオリジナルで作っているスコットランド唯一の店"Needle Sports"から在庫全てを買い占めたことと、4日目の夜のレクチャー時間にKalanka(佐藤裕介)とKamet(谷口けい)での登攀(共に2008年秋/インド)のプレゼンテーションをさせてもらったことだろう。特に、このような場でのプレゼンは、いろいろな意味で大きな一歩だったと感じた。
 1~3日目のプレゼンを見ていて、やはりプレゼンは聴衆を楽しませる義務があると感じていた。だから、私達のつたない英語で、どれだけ皆の気持ちを惹きつけられるかって、実は不安だった。自分が楽しんでいる山を「伝える/伝えられる」って本当に重要なことだ。


写真:ロッククライム風景

 一時間弱のプレゼンが終わった後、次の日もその次の日も、皆が「キミらのプレゼンはサイコーだった」「スゴイ登攀だね」「面白かったよ!」etc.声を掛けてくれた。多くの聴衆からの声をもらった分だけ、私達の伝えたかったものは、彼らに届いたってことなのだと実感した。ヨーロッパ諸国の人たちは、日本にアルパインクライミングはあるのか、日本人はどんなクライミングをしているのか、興味を持っていたのだという。今回の我々のプレゼンは、日本でのクライミングではなく、インド・ヒマラヤでのクライミングシーンではあったけれど、私達それぞれの日本侍魂(?)のこもったクライミングの話だった。偶然同じ時期に成した、二つの初登攀は、これまた偶然に似たような命名をしていたことに気付いた。Kalanka北壁「Bushido」、Kamet南東壁「Samurai Direct」。このルート名が、我々のクライミング界への声であったかもしれない。でも次回、2年後のBMCミーティングでは是非、谷川岳と黒部でのクライミングシーンを世界に紹介してもらいたいと、佐藤も私も心に決めて帰国の途についたのだった。

(谷口けい 記)



最後に、素晴らしい経験をさせていただいたBMC(イギリス山岳評議会)ならびに、現地までの渡航費用等での金銭的な援助とBMCとの折衝等で大変お世話になった日本山岳協会には、感謝の念でいっぱいです。本当にありがとうございました。

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